ノーベル賞受賞から見る日本人の本性

「日本人として誇りに思う」

 

この言葉に違和感を持つ人が増えているのですが、その反論として、「日本人が日本人の功績を誇りに思って何が悪い?」という人もいます。

この、日本人として誇りに思うことに対して、違和感を覚えている人は特に若者に多く、そういう人達は最近の日本のテレビ番組が放送している、「日本はすごい」系の番組にも嫌悪感を持つ傾向にあるようです。

この様な意見の人を見ると、「日本人の若者は考え方が変わってきている」と見る向きが多くあるのですが、実際には年代関係なく全く同じと言えるでしょう。

ラグビー日本代表がワールドカップで南アフリカに勝った時、すべての世代で日本代表を応援していたのですが、実際ラグビーワールドカップが行われている事や、ルールも全く知らないのに、突然「日本のラグビーすごい」とか言い始め応援するというのは、日本独特の事例でしょう。

同じ日本人だから応援したい。こう考えることは何も間違いではないのですが、胡散臭いのは、自分自身は何もやってなく、何も社会に貢献していないのに、「同じ日本人として誇りに思う」とか言われると、「共通点って人種だけじゃん」となってしまうのです。

まあ、それだけなら誰にでもあるし、どこの国でもあるでしょう。

しかし、アフォな日本人は、「日本人はノーベル賞を毎年受賞しているけど、韓国は全く受賞できない」とか言い始めるのです。

やってる事は隣のアフォな国と全く変わらない。

日本人=優秀

という図式を作り出したいのは百歩譲って理解できますよ、でもそれは、無能なお前が言って良い事じゃないから。

他人の褌で相撲を取るのもいいかげんにしろと。頑張っている人とお前の共通点は、「日本人」ってだけだろうと、頑張っている人は間違いなく君と同じと思ってないから。

「日本人として…」

と言うのであれば、クソみたいな日本人が海外でバカなことをしていたら、「日本人として恥ずかしく思う」事も必要。

日本の買春親父がタイで日本人の品位を下げまくっていることに対して、なぜ「日本人として恥ずかしい」と全く思わず、「バカな日本人がいるね」という他人事で終わるのだろうか?

良いとこ取りで、悪いことは知らぬ存ぜぬ。

これが日本人の本性と言える。